2013年10月24日木曜日

「グレゴリオ聖歌に親しむ会」

前回は10月22日午後2時〜4時に行いました。
もう、クリスマスが近づいてきましたので、クリスマスの曲を取り上げました。
" Hodie, Christus natus est" 「今日、キリストがお生まれになった」
  (主の降誕・晩課のためのものより)
" Puer natus est nobis " 「一人の幼子が私たちのために生まれた」
  (クリスマス・日中のミサより)
の2曲を中心に歌いました。
次回は" Dominus dixut ad me " 「主は私に言われた」
  (降誕祭・夜半のミサ入祭唱)
" Pater noster " 主の祈り も加えて行いたいと思います。
始めての方も、どうぞご参加下さい。
グレゴリオ聖歌を通じて、聖書の心に触れることができればいいなあと思っています。

次回は
日時:11月26日火曜日 14時~16時
会費:1500円
場所:神戸学生センター (阪急六甲駅北いかりスーパーを東へすぐ)
当日参加も受け付けますが、資料の準備の都合がありますので、参加の方は前日までにお申し込みくださると助かります。


2013年10月23日水曜日

スイスからドイツへ その7 フルダ2

10月9日、フルダ滞在3日目です。
この日はみんなで貸切バスでPetersberg ペータースベルクを訪ねました。
ここはHl. Lioba 聖リオバのお墓のあるところです。聖リオバは先日少しふれた、Hl. Bonifatius 聖ボニファチウスの親戚であったようです。700~710年頃にイングランドのWessexで生まれました。
そして、ボニファチウスによってドイツに呼び寄せられ、修道院長として、ドイツのキリスト教布教につとめた方です。

1900年に作られた木製のリオバ像。




 リオバ教会の前からフルダの街を見下ろしたところ。


聖堂内の小さなオルガン(1750年)

Hl.Christopherus 聖クリストファーの壁絵



12世紀中頃のキリスト像。


12世紀の聖母子像。

 地下のクリプタ内。ここの壁には壁画がうっすらと残っています。



 リオバのご遺体が入れられていたお棺に病気のこどもを入れると、よくなったという伝説の覗き窓が着いた石棺。



 大司教のすがたで描かれた、
聖ボニファチウスのレリーフ。
"PAX VOBISCUM"
「平和はあなた方とともに」
と書かれています。


 1964年に作られたリオバの窓。
リオバの毛糸玉の伝説について描かれています。







 紅葉が深まりつつある並木道をみんなで散歩です。




フルダの街の中心部にある聖ボニファチウスの像。
Domの裏側。石の色がきれいです。










 Domフルダ大聖堂の中です。
 公園で見かけた騎馬警官。
まだ少女のようなおまわりさんでした。






 夕食を食べに行った"Zum Ritter"の内装。
Ritter は"騎士”と言う意味ですが。





美味しかったのですが、トンカツが2枚、フレンチフライがほとんど日本の冷凍食品1袋分くらい、さすがの私も、全部は食べることが出来ませんでした。





 今日はここまで。
あすはレーゲンスブルクに向かいます。







2013年10月21日月曜日

スイスからドイツへ その6 フルダへ Fulda

Südostbayernbahn南東バイエルン鉄道に乗りました。電車の写真を撮るのが好きなのですが、あまり、観光客ぽくっても良くないかと思うと、なかなか上手く撮れなくて。


 一番上に表示されているHamburgハンブルク行きに乗りました。Fuldaフルダまで2時間ほどの旅程です。
Frankfurtフランクフルトを通らず、まっすぐにあがってWürzburgビュルツブルクを通る、これもあまりメジャーな路線ではありません。フルダはフランクフルトとライプツィヒの中間くらいにある、町です。




行き着いたFuldaは紅葉が始まっていました。


Franziskanerkloster Frauenberg フラウエンベルク(聖母山のフランシスコ修道院)
http://goo.gl/o4ISVQ 修道院が宿泊施設を運営しています。泊まることができます。
http://goo.gl/R1uEGJ この修道院の少し変わった歴史が書かれています。
9世紀から1525年まではベネディクト会修道院であったそうです。フルダの街の中に1237年から宗教改革(16世紀前半)までフランシスコ会修道院はありました。その後、1670年からフランシスコ会がフラウエンベルクをベネディクト会から借り受ける形で、再開されたそうです。その後、教会の世俗化などで閉鎖された時期もありましたが、また再開されました。教会の歴史を話して下さったブルーダー(Bruder~Brotherと同義語)は返してくれと言われれば返さなくてはならないと、笑っておられました。

修道院の食堂(ゲスト用)













修道院の聖堂。
ちょうど、収穫祭が近く、野菜を飾ってありました。
よくよく見ると、面白いです。花瓶にパプリカが乗っていたりします。日本のお盆のなすの馬などを思い出すね、って話していました。


 そう言えば、どうしてフルダへ行ったのかをまだ、書いていませんでした。
私は昨年までの3年間、生徒として、東京の聖グレゴリオの家宗教音楽研究所に通っていました。
http://www.st-gregorio.or.jp/p/p4-1.html
ここを創立されたゲレオン・ゴルトマン神父様の故郷であり、亡くなられた場所なのです。神父様のことは上記HPの設立目的のところをご覧ください。神父様のお墓参りや、グレゴリオの家のゆかりの地を訪ねるツアーが催されたものに、合流しました。卒業生や、縁のある方々と神父様のお墓参りです。私は残念ながら神父様が亡くなられて年月が経ってからの入学ですので、私の中では伝説の人です!



修道院のお庭には野菜や花が作られています。


お部屋の窓から、フルダの街が見えます。


引退されたシスター方が住んでおられる、
家を訪ねました。日本の歌を歌いました。
たいそう喜んで頂き、
美味しいお菓子をごちそうになりました。

実は今回私は締め切り後に無理に参加をお願いしたので、宿泊場所が別になりました。フルダの街中にあるベネディクト会女子修道院。
http://goo.gl/6aoVjO
30年戦争の時も、死守したという修道院です。
美しい聖堂で、毎日グレゴリオ聖歌による、ミサ、祈りが捧げられています。
毎朝、一緒にミサに与らせていただきました。
聖歌の指揮をしておられるシスターは橋本先生と同門で、ヨッピヒ先生にグレゴリオ聖歌を習われた方。
天国の声のようです。





フルダでは忘れることの出来ない、大聖堂です。フルダは3度めの訪問ですので、今回はあまり、訪れませんでした。そのため写真もこの1枚。この教会の地下にはドイツへキリスト教を伝導したイングランド人、ドイツの守護聖人のボニファチウスのお墓があります。